上前智祐(1920–2018)は、60歳で定年を迎えるまで溶鉱炉のクレーン操縦士として働きながら制作活動を続けた作家である。
その制作は一定の様式にとどまることなく、多様な表現手法や素材を取り込みながら変化を重ねた。
本文の構成
| (1) | 1930年代–1950年代初頭|具象から非具象へ |
| (2) | 1954–1972年|「具体」時代:点と線、マッチ軸 |
| (3) | 1972年以降|制作の多様化 |
| (3-1) | 「具体」時代の制作手法の継続(1972–1990年代後半) |
| (3-2) | 「縫い」:手仕事の記憶と非具象表現(1975–1997年) |
| (3-3) | 墨画・水彩画と版画制作(1980年以降) |
| (3-4) | □(四角)の反復による画面構成(1992年以降) |
| (3-5) | ミクストメディア「モリアゲ」(2000年以降) |
| (3-6) | 多様な素材による制作 |
(1)1930年代–1950年代初頭|具象から非具象へ
少年時代には挿絵画家を志し、独学で挿絵や肖像画を学び、南画の通信教育を受けた。1942年(22歳)、木村荘八の『美術講座』を読み、洋画(油彩)を描き始める。1947年には《舞鶴港の夕景》で「第二紀会」第1回展に入選を果たす。同年より、京都の関西美術院で黒田重太郎の指導を受けた。
その後、非具象(抽象)表現への関心を次第に深め、1952年には吉原治良の非具象クレパス画に接し強い感銘を受ける。翌年、吉原の自宅を訪ねて師事する。1954年、吉原主宰の「具体美術協会」(以下「具体」)の結成に参加し、1972年の解散まで在籍した。
吉原との出会いを機に、上前の表現は対象の再現に主眼を置く具象から離れ、絵画の構造や物質性そのものを主題とする非具象へと移行した。この制作姿勢は、その後生涯にわたり一貫して維持されることとなる。
作品例(*画像はクリック/タップで拡大表示されます。)




大阪府20世紀美術コレクション

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(2)1954–1972年|「具体」時代:点と線、マッチ軸
「具体」在籍期を代表する制作手法としては、絵具を幾層にも重ねた「点」の油彩(点描)、パレットナイフで刻んだ「線」の油彩、そしておが屑やマッチ軸、絵具のキャップなど身近な素材を用いたミクストメディアがあげられる。これらの手法を軸に、素材の物質性に焦点を当てた表現が展開された。同時期には、モダンアート展(1954–1971)でも継続して作品を発表した。
即時的な「アクション」が注目された「具体」の中にあって、膨大な時間を要する手仕事を制作の基盤とした上前は、きわめて特異な存在であった。上前にとって、行為は一瞬の出来事ではなく、持続的な手仕事の堆積であり、画面には繰り返し手が加えられた物質の痕跡が刻まれた。上前の制作は、反復と蓄積を通して時間を画面に定着させる試みであった。
吉原治良は、模倣を排し、これまでにない表現を追求するよう会員たちに説いたとされる。その理念を示す「具体美術宣言」(『藝術新潮』1956年12月号)には、次のような一節がある。「具体美術に於ては人間精神と物質とが対立したまま、握手している。」上前智祐の創作姿勢は、この理念を体現するものといえる。
アンフォルメルという新しい概念を提示し、戦後前衛美術の国際展開を牽引したフランスの批評家ミシェル・タピエは、吉原治良と共に企画した「新しい絵画世界展ーアンフォルメルと具体」で上前の作品を高く評価した。
一見して上前作品とわかる、反復と蓄積による独自の表現手法は、この時期に形成された。
作品例

芦屋市立美術博物館蔵

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ラチョフスキー・コレクション

芦屋市立美術博物館蔵

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新潟市美術館蔵


アガペ大鶴美術館蔵



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(3)1972年以降|制作の多様化
「具体」解散後、上前の制作は複数の表現領域へと広がり、異なる手法による作品群が並行して展開された。1990年代初頭には、手作業の集積による物質的表現から、色彩と形態の配置による画面構成へと制作の重心が移行した。
以下では、これらの展開を個別に取り上げる。
(3-1)「具体」時代の制作手法の継続(1972–1990年代後半)
「具体」時代に培われた技法―絵具を幾層にも重ねた「点」の油彩、パレットナイフで刻んだ「線」の油彩、おが屑やマッチ軸などを用いたミクストメディア―は、「具体」解散後も継続して制作され、完成度を高めながら、1990年代後半に至るまで制作された。
「具体」解散後は、アーティストユニオン(AU、1975–1983)およびGe展(1976–2002)に参加し、作品発表を続けた。
作品例


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(3-2)「縫い」:手仕事の記憶と非具象表現(1975–1997年)
布と糸を用いた「縫い」の制作は1975年8月に始まった。以後、油彩や版画、ミクストメディアなどと並行しながら、上前の画業の中核を成していく。
「縫い」の制作手法は、「線」を主題とした油彩の延長線上に位置づけられる。初期にはクレーン作業の油拭き用ウェス(ぼろ布)に縫い目を施していたが、次第に新しい布へと移行し、縫い目による線や、布と糸の色彩を生かした絵画的表現へと発展した。
1986年にはチェック柄の裏地を用いた「かのこ縫い」の技法によって手縫いの効率が高まり、大作の制作が本格化する。1986–1992年にかけては大作を中心に60点の連作を手がけ、この時期の制作の大半を「縫い」が占めた。
また、1983–1987年には、縫い固めた布と糸のみで自立する立体作品19点を制作。1995–1997年にかけては、小品を中心とする約35点の連作が発表されている。
上前の手縫いの技術は、少年時代に着物の洗張り屋で奉公した経験の中で体得されたものである。こうした手仕事の原体験と非具象表現との出会いが、独自の造形世界を生み出した。反復的な手仕事を通じて時間と物質を画面に刻み込む「縫い」の世界は、身体的記憶と芸術的感性の結晶といえる。
作品例









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アガペ大鶴美術館蔵






(3-3)墨画・水彩画と版画制作(1980年以降)
1980年、60歳でクレーン操縦士を定年退職し、本格的に制作活動へ専念する。この頃、数千枚に及ぶ墨画と数百枚の水彩画が制作された。1980–1982年には、それらを基に、板張りのコラージュ作品や、シルクスクリーン、オフセットによる版画を制作した。
1994年からはシルクスクリーンの制作を再開し、2000年以降には銅版画にも着手した。これらの版画作品には、油彩等を基にしたものも多く、同一原画から様々な色調の作品が制作された。
一作あたりのエディション(部数)は概ね20部以下と少数だったが、版画の種類は500点以上に及ぶとみられる。
版画制作は、2000年代には後述の「モリアゲ」と共に制作の中心となった。
作品例

新潟市美術館蔵




新潟市美術館蔵

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新潟市美術館蔵

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(3-4)□(四角)の反復による画面構成(1992年以降)
「縫い」の連作60点を完成させた1992年半ばから1995年初頭にかけては、長年の針仕事による腕や手首の痛みのため、その制作を一時中断した。
この頃から油彩制作が活発化する。その多くは□(四角)の反復を基調とし、様々な色彩構成が試みられた。手仕事の集積による物質的表現に代わり、色彩や形態の配置が生み出す純粋な画面構成が重視されるようになった。
こうした変化の背景には、身体的制約に加え、版画制作を通して培われた構成意識の高まりがあったと考えられる。この試みは油彩のみならずミクストメディア作品にも及び、新たな絵画空間を模索する制作が展開された。
作品例



アガペ大鶴美術館蔵



京丹後市教育委員会蔵


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(3-5)ミクストメディア「モリアゲ」(2000年以降)
2000年以降、版画制作と並行してミクストメディア作品が制作の中心を占めるようになり、上前自身が「モリアゲ」と呼んだ手法に取り組み始めた。これは、おが屑、エアキャップ(気泡緩衝材)、牛乳パック、紙、枯葉などを骨格や下地として用い、その上に塗料(ペンキ)、油絵具、漆喰などを混合した塗材を塗り重ねて厚みをもたせる技法であった。色調は高明度へと変化し、単色調の作品が増えていった。「モリアゲ」の手法は、立体や半立体のみならず平面作品へも応用された。
素材の物質性の強調、高明度の色彩構成、□(四角)の反復による画面構成―これらを組み合わせた表現は、この時期の制作を特徴づけるものとなった。
作品例

BBプラザ美術館蔵

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京丹後市教育委員会蔵



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(3-6)多様な素材による制作
上前の制作素材は多岐にわたり、パンの袋やテープ、アルミ箔といった身近な素材を用いた試みも行われた。最後に、こうした多様な素材による作品群を紹介する。
上前の画業は、具象から非具象へと転換し、多様な素材や表現手法を取り入れながら展開した。2010年に90歳を迎えて以降も、その探究は途切れることなく続いた。
日々の労働や住居・アトリエの建築といった営みと地続きで進められた制作の軌跡は、上前作品の説得力を支える重要な背景となっている。
作品例

大阪府20世紀美術コレクション

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