上前智祐
(うえまえ ちゆう、1920-2018)

1920年、京都府中郡奥大野村(現・京丹後市)に生まれる。
吉原治良を中心に結成された前衛美術グループ「具体美術協会」(以下「具体」)に、1954年の結成から1972年の解散まで在籍し、非具象表現によって戦後美術に独自の足跡を刻んだ。
「具体」の革新性を世界に知らしめたいわゆる「アクション」の作品とは一線を画し、素材に丹念な手作業を幾重にも重ねる独創的な非具象表現を追究した。その一貫した制作姿勢と表現は、多くの識者やコレクターから高い評価を受けた。
1958年の「新しい絵画世界展―アンフォルメルと具体」(大阪なんば高島屋)においては、国際的に活躍したフランスの美術批評家ミシェル・タピエが、上前の油彩を最も注目すべき作品の一つと評した。2012年には、戦後絵画の枠組みを再考する企画展「Destroy the Picture: Painting the Void 1949–1962」(ロサンゼルス現代美術館)において、「具体」を代表する出品作家の一人に選ばれている。
「具体」に加え、モダンアート展(1954–1971)、アーティストユニオン(AU、1975–1983)、Ge展(1976–2002)にも参加し、作品を発表した。
幼少期から青年期にかけて孤独と貧困、幾多の困難を経験しながらも画家を志し、27歳の日記には「僕は働いて食はなければならないのだ。然し僕の生命は絵を描く事によって保たれるのだ。」と記している。溶鉱炉のクレーン運転士として家族5人を養いながら制作を続けたことは、上前という作家を語るうえで不可欠な要素である。仕事の前後のわずかな時間をやりくりしながら制作に打ち込み、画家仲間からは「上前は眠らないのではないか」と噂されるほどだった。
こうした不屈の精神と行動力は、自ら山林を切り拓いてアトリエを築いたことをはじめ、多くの逸話に見て取れる。上前の制作活動の根底には、生活者としての逞しさと、作家としての情熱が分かちがたく結びついていた。
「具体」在籍期には、油絵具を多層に重ねた「点」の油彩(点描)、パレットナイフで刻んだ「線」の油彩、おが屑・マッチ軸・絵具キャップといった身近な素材を塗り固めたミクストメディア作品など、素材の物質性に迫る多様な表現を展開した。
「具体」解散後は、布と糸を用いた「縫い」のシリーズ、木組の立体、墨画や版画、さらに□(四角)を主題とする油彩やミクストメディアへと表現は広がった。
非具象表現の探究は生涯にわたり続き、90歳を超えても衰えを見せなかった。
1999年、紺綬褒章を受章。同年、兵庫県文化賞を受賞。
2018年、老衰により永眠。享年97歳。
あわせてご参照ください。
「ウァッハッハ具体・3・4 ― 上前智祐―」 嶋本昭三