年譜

年譜概観

幼少期(1920–1926|0–6歳)
京都府北部、丹後半島の奥大野村に生まれる。1歳の頃に実父と死別。その後、山間部で炭焼きを営む養父のもとで育つ。
小学校時代(1927–1931|7–11歳)
家庭事情により生活は困窮し、6度の転校を重ねる。3~4年生の頃、寺に預けられ厳格な躾を受けた。
奉公と独学の時代(1932–1937|12–17歳)
洗張り屋での丁稚奉公を通じて、後年の「縫い」の基礎となる技術を習得。労働の傍ら、独学で挿絵や模写に励む。
漂流期(1938–1940|18–20歳)
画家を志し家出。港湾労働に従事し放浪生活を送るなか、賭博に溺れ志を見失いかける。
戦争・具象画の時代(1941–1951|21–31歳)
従軍と復員を経て絵画制作を再開。二紀会への出品作「舞鶴港の夕景」が入選し、本格的に画家を志して神戸へ移住。川崎造船所にてクレーン操縦に従事する。結婚し、仕事の前後の時間を使い制作を続けた。
非具象と「具体」の時代(1952–1972|32–52歳)
吉原治良に師事し、非具象へ転向。1954年の具体美術協会(以下「具体」)結成に参画し、1972年の解散まで在籍。またこの時期、モダンアート展に出品を重ね、1962年には会員となり、1971年に退会。これら両者の活動を通じて、独自の非具象表現を展開した。
「縫い」の制作開始とAUおよびGe展への参加(1973–1979|53–59歳)
1975年より絵具と筆を針と糸に替え、「縫い」の制作を開始。以後、約20年にわたり制作の核として、作品群を展開した。「具体」解散後は、アーティストユニオン(AU、1975–1983)やGe展(1976–2002)に参加し、新たな発表の場を広げた。
定年退職を経て制作活動に専念(1980–1991|60–71歳)
1980年の退職を機に制作活動に専念。多数の墨画を手がけ、それらを基とした版画制作を開始。
65歳でくも膜下出血、68歳で左目白内障の手術を受ける。
画面構成の変化と晩年の制作(1992–2018|72–97歳)
制作手法の多様化が進み、手作業の集積による素材の物質性を重視する作風から、色彩と形態の配置を重視した画面構成へと変化。以後、□(四角)の反復を基調とした作品を精力的に発表。
73歳で白内障、76歳で心臓ペースメーカー挿入の手術を受ける。身体的困難を抱えながらも制作意欲は衰えず、90歳を超えても非具象表現の探究は続いた。
2018年、老衰により永眠。享年97歳。

年譜本編

幼少期(1920–1926|0–6歳)
京都府北部、丹後半島の奥大野村に生まれる。1歳の頃に実父と死別。その後、山間部で炭焼きを営む養父のもとで育つ。

1920
大正9年
0歳
7月31日、父・上前由蔵、母・永濱里んの三男として、京都府中郡奥大野村に生まれる。二人の兄は生後間もなく死亡している。
1921
大正10年
1歳
父・由蔵が死去。母・里んは、家屋建築時の借金200円の返済と智祐の養育を担う立場となり、行商として働く。
その後、山小屋で炭焼きを営む上前清太郎と内縁関係を結ぶ。
幼少期は山野の自然の中で過ごす。
1924
大正13年
4歳
耳を患い、生涯にわたり難聴となる。
1926
昭和元年
6歳
母・里んが病を患い、信仰生活に入る。
以後、病気がちな母とともに、苦難と貧困の生活をおくる。

小学校時代(1927–1931|7–11歳)
家庭事情により生活は困窮し、6度の転校を重ねる。3~4年生の頃、寺に預けられ厳格な躾を受けた。

1927
昭和2年
7歳
奥丹後の大地震で倒壊家屋の下敷き寸前となるが、90歳の巫女に助けられる。養父・清太郎はこの地震で亡くなり、母は子持ちの大工職人・堀の後妻として再婚する。
1929
昭和4年
9歳
母・里んの病により、母子は里んの実家の伊根村に引き取られる。 山伏姿の行者、谷市蔵の勧めで里んは四国巡礼に出るが、実家はこれに反対し母子を見離す。 智祐は谷市蔵の弟で、加佐郡和江村にある佛心寺の住職、谷祖忍のもとに預けられ、中山尋常小学校へ転校。以後、和尚の非常に厳格な躾のもとで生活する。
1931
昭和6年
11歳
5年生のとき、四国から戻った母・里んと谷市蔵とともに舞鶴市東吉原に移住し、吉原尋常小学校へ転校。生活は極めて貧しかった。 谷市蔵と別れた母子は一時安久林で暮らすが、母の持病再発により北田辺の砂原宮蔵宅に身を寄せる。砂原家の暮らしもまた貧しく、育ち盛りの智祐の食欲に小言を向けられることもあり、周囲の目を気にしながら食事をとるようになる。

奉公と独学の時代(1932–1937|12–17歳)
洗張り屋での丁稚奉公を通じて、後年の「縫い」の基礎となる技術を習得。労働の傍ら、独学で挿絵や模写に励む。

1932
昭和7年
12歳
小学校卒業の約一か月前、舞鶴の「中村京染洗張り悉皆店」に見習奉公に出される。縫い作業に従事し、「波縫い」を誰よりも早くこなして周囲から評価される。この経験は後年、「縫い」の作品の原点となる。奉公開始から約1年後、重い脚気を患い、半年ほど療養する。
1934
昭和9年
14歳
脚気全快後、染織・洗張り屋の奉公先を転々とする。この頃、挿絵の模写や肖像画に夢中となり、毎晩のように描き続けた。
1937
昭和12年
17歳
新聞広告で南画指導の記事を見つけ、通信教育を受講。小室翠雲の講義録を取り寄せ、南画を学ぶ。

漂流期(1938–1940|18–20歳)
画家を志し家出。港湾労働に従事し放浪生活を送るなか、賭博に溺れ志を見失いかける。

1938
昭和13年
18歳
母の反対を押し切り、画家を志して家出。舞鶴から神戸へ向かい、知人の紹介で灘区琵琶町の洗張り店、白星社で住込みとして働く。同年7月の神戸大水害を現地で経験し、被災の惨状を目撃。秋、白星社から独立した浜田洗張り店に移る。
1939
昭和14年
19歳
賃金の相談をした先輩の紹介で沖仲仕の鶴井組、黒木部屋に入る。高賃金の港湾労働に従事するが、酒や賭博が日常の過酷な環境に身を置く。その後、横浜へ移り須川組、古谷部屋に入る。馬掘喜孝に肖像画を短期間学び、「京孝」の画号を得る。しかし次第に目標を失い、重労働のかたわら賭博に傾倒し生活は荒れていく。この頃、沖仲仕の仕事を通じてウインチ運転を体験。
1940
昭和15年
20歳
1月、友人に誘われ東京月島の吾妻製鉄所下請宅に身を寄せるが、友人の裏切りにより所持品を奪われ、身一つで横浜へ戻る。生活苦から母に仕送りを求め、兵隊検査のため舞鶴へ帰郷する。舞鶴海軍経理部に勤務し、決算係の書類製本に従事する。その傍ら、中央美術の通信教育や美術雑誌『新美術』などで学ぶ。

戦争・具象画の時代(1941–1951|21–31歳)
従軍と復員を経て絵画制作を再開。二紀会への出品作「舞鶴港の夕景」が入選し、本格的に画家を志して神戸へ移住。川崎造船所にてクレーン操縦に従事する。結婚し、仕事の前後の時間を使い制作を続けた。

1941
昭和16年
21歳
12月8日、太平洋戦争が始まる。
1942
昭和17年
22歳
木村荘八の『美術講座』を読み、洋画(油彩画)へ転向。舞鶴の洋画サークル鶴美会の結成に参加。
1944
昭和19年
24歳
6月1日、教育召集を受け中部37部隊機関銃中隊に編入。8月、横浜港を出港し八丈島に上陸。12月、陸軍一等兵となる。
1945
昭和20年
25歳
8月15日、八丈島で終戦を迎える。11月復員して舞鶴に戻り、肖像画家の看板を掲げて生計を立てるかたわら、油彩画の習得に励む。
1946
昭和21年
26歳
日本通運株式会社海舞鶴支所に就職し、塩の荷造り作業に従事。作業後は絵画制作に打ち込み、舞鶴港を写生する。この頃の制作が、翌年の第二紀会入選へとつながる。
1947
昭和22年
27歳
【展覧会】第二紀会第1回展に「舞鶴港の夕景」出品し初入選、毎日新聞地方版に掲載される。 この年の日記に「僕は働いて食わねばならない。しかし僕の生命は、絵を描くことによって保たれる」と記す。 二紀会大阪展の懇親会で関西美術院に通う長谷真次郎と知遇を得、その縁により黒田重太郎の指導を受ける。 この頃、京都の展覧会で抽象画に接し強い感銘を受ける。
1948
昭和23年
28歳
4月、日本通運の指名を受け、クレーン運転免許を取得。12月、知人に川崎造船所への就職斡旋を依頼し、制作の新たな展開を求め神戸への移転を模索し始める。
1949
昭和24年
29歳
1月、日本通運を退職し神戸へ移り、川崎造船所にクレーンマンとして勤務を開始。川崎第2本山寮に入る。10月、同郷の看護婦・小谷徳枝と結婚する。
1950
昭和25年
30歳
春、妻を呼び寄せ、兵庫県美嚢郡三木町大開の増井濱江方の離れで新生活を始める。妻は青ヶ原国立病院に勤務し、共稼ぎとなる。
1951
昭和26年
31歳
5月10日、通勤途中、閉まりかけた電車の扉にしがみついて乗車中、電柱に接触して転落。下顎骨と鎖骨を骨折する重傷を負う。
6月、長男智明が舞鶴で誕生。
【展覧会】6月30日~7月1日、西舞鶴図書館にてクレパスとデッサンによる初個展を開催。
10月、神戸市垂水区の川崎重工業家族寮(千鳥荘)へ移転。
11月、社内美術同好会「朱舷会」に参加。

非具象と「具体」の時代(1952–1972|32–52歳)
吉原治良に師事し、非具象へ転向。1954年の具体美術協会(以下「具体」)結成に参画し、1972年の解散まで在籍。またこの時期、モダンアート展に出品を重ね、1962年には会員となり、1971年に退会。これら両者の活動を通じて、独自の非具象表現を展開した。

1952
昭和27年
32歳
3月28日、神戸三越で開催された「第2回現代美術家クレパス画展」にて吉原治良の非具象作品に出会い、強い感銘を受ける。5月、舞鶴に住んでいた母を神戸市垂水区の家族寮に呼び寄せ同居。
【展覧会】
9月、「第1回朱舷会展」(以後第4回まで出品) この頃より本格的に非具象作品の制作を始める。
1953
昭和28年
33歳
10月、第7回二紀展に応募するも落選。
10月、長女智里誕生。
11月9日、吉原治良宅を初めて訪問。以後、継続的に作品を持参し指導を受けることとなる。
1954
昭和29年
34歳
7月、具体美術協会の結成に参加(1972年解散まで在籍)。
【展覧会】
2月、「第4回モダンアート協会展」(以後、第20回展〔1970年〕まで継続出品)
11月、「第2回ゲンビ展」(大阪松坂屋、京都市美術館、神戸朝日会館を巡回)
1955
昭和30年
35歳
【展覧会】
3月、「第7回日本アンデパンダン展」(東京都美術館)
10月、「第1回具体美術展」(小原会館)(以後、解散まで継続出品)。
1956
昭和31年
36歳
神戸市垂水区舞子坂に約100坪の山林を購入。ツルハシやスコップなどで自ら整地を進め、約3年をかけて宅地造成を完成させる。
【展覧会】
2月、「第6回モダンアート展」(東京都美術館)
3月、「第8回読売アンデパンダン展」(東京都美術館)
3月、「油絵個人展 上前智祐」(美術喫茶DON/神戸)
6月、「第9回芦屋市美術展」(精道小学校講堂)
10月、「第2回具体美術展」(小原会館/東京)
1957
昭和32年
37歳
【展覧会】
2月、「廣井力・上前智祐二人展」(養清堂画廊/東京)
2月、「第7回モダンアート展」(東京都美術館)に出品し新人賞受賞(以後1970年の第20回展まで出品)
3月、「第9回読売アンデパンダン展」(東京都美術館)
3月、「第7回関西総合美術展」(大阪市立美術館)に出品し佳作ぺんてる賞受賞
6月、「第10回芦屋市展」(精道小学校講堂)に出品し教育委員会賞受賞(以後も継続出品)
6月、「西宮市展」(安井小学校講堂)に出品し佳作賞受賞
1958
昭和33年
38歳
5月、次男祐二誕生。八畳一間に一家6人で生活。
【展覧会】
4月、「新しい絵画世界展-アンフォルメルと具体-」(大阪高島屋)に出品
6月、「第2回朝日新人展」(大阪高島屋)
9月、「具体ニューヨーク展」(マーサ・ジャクソン画廊、全米巡回)
1959
昭和34年
39歳
この年の前後から、マッチの軸を用いた作品の制作を始める。
【展覧会】
6月、「第12回芦屋市展」(精道小学校講堂)に出品しホルベイン賞受賞。
6月、「具体トリノ展(第7回具体美術展)」(アルティ・フィギュラティヴィ画廊/イタリア)
1960
昭和35年
40歳
神戸市垂水区舞子坂の自力造成地に新居が完成し、移る。
【展覧会】
4月、「第9回具体美術展」(大阪高島屋) マッチ軸を大量に用いた大型作品を発表。
1961
昭和36年
41歳
【展覧会】
3月、「日本における連続性と前衛展」(トリノ国際美学研究所/イタリア)
4月、「第10回具体美術展」(大阪高島屋、のち日本橋高島屋に巡回)
5月、「具体小品展」(大阪中之島画廊・毎日ギャラリー)
1962
昭和37年
42歳
【展覧会】
4月、「第11回具体美術展」(大阪高島屋)
6月、「第15回芦屋市美術展」(精道小学校講堂)以後、第19・33・37・48回を除き第49回、1996年まで継続出品。
9月、「グタイピナコテカ開設記念展」(グタイピナコテカ)
1963
昭和38年
43歳
2月、母・里ん死去(享年79)。
【展覧会】
1月、「第12回具体美術展」(日本橋高島屋)
4月、「第13回具体美術展」(大阪高島屋)
12月、「神戸現代画家展」(カンティニ美術館/マルセイユ)
1964
昭和39年
44歳
9月、『朝日ジャーナル』表紙に作品が掲載される。
【展覧会】
3月、「第14回具体美術展」(大阪高島屋)
4月、「現代美術の動向展-絵画と彫刻」(国立近代美術館京都分館)
4月、「神戸現代画家展帰朝展」(神戸そごう)
6月、「第17回芦屋市美術展」(芦屋市民会館)に出品し市長賞受賞
1965
昭和40年
45歳
【展覧会】
4月、「神戸具体5人展」(ダイワ画廊/神戸)
7月、「第15回具体美術展」(グタイピナコテカ)
10月、「第16回具体美術展」(新宿京王百貨店)
11月、「日本・今日の美術展」(村松画廊/東京)
11月、「パリ具体展」(スタドラー画廊/パリ)
1966
昭和41年
46歳
【展覧会】
2月、「上前智祐展」(グタイピナコテカ)吉原治良、嶋本昭三がパンフレットに寄稿
3月、「上前智祐展」(日本画廊/東京)
6月、「第2回ローザンヌ国際展」(カントナル・デ・ボザール美術館/スイス)
1967
昭和42年
47歳
【展覧会】
6月、「第18回具体美術展」(グタイピナコテカ)
7月、「上前智祐展」(養清堂画廊/東京)
10月、「第19回具体美術展」(東京セントラル美術館、グタイピナコテカ)
12月、「具体美術小品展」(グタイピナコテカ)
1968
昭和43年
48歳
【展覧会】
7月、「第20回具体美術展」(グタイピナコテカ)
11月、「第21回具体美術展」(グタイピナコテカ)
11月、「夜だけの現代美術展」(宮崎観光ホテル)
12月、「具体美術小品展」(グタイピナコテカ)
1969
昭和44年
49歳
【展覧会】
12月、「具体美術小品展」(グタイピナコテカ)
1970
昭和45年
50歳
1月、21年間勤務した川崎重工業(株)神戸工場を退社。
【展覧会】
3月–9月、万博みどり館エントランスホールにて「具体」グループ展示に出品。
1971
昭和46年
51歳
モダンアート協会を退会(1954年から在籍)。
嶋本昭三のもとで子供美術教室の講師を務める(約2年間)。
【展覧会】
10月、「第3回ヒロシマルネサンス美術展」(広島県立美術館)
1972
昭和47年
52歳
2月、吉原治良死去。3月、具体美術協会解散。
【展覧会】
12月、「吉原治良を囲む輪展」(藤美画廊/大阪)

「縫い」の制作開始とAUおよびGe展への参加(1973–1979|53–59歳)
1975年より絵具と筆を針と糸に替え、「縫い」の制作を開始。以後、約20年にわたり制作の核として、作品群を展開した。「具体」解散後は、アーティストユニオン(AU、1975–1983)やGe展(1976–2002)に参加し、新たな発表の場を広げた。

1973
昭和48年
53歳
【展覧会】
3月、「上前智祐展」(日本画廊/東京)
10月、「兵庫県100人展」(神戸新聞文化センター)
1974
昭和49年
54歳
6月、神戸製鋼所構内にてクレーン運転士として勤務を開始。
工場空間の構造や物質の流れに触れる経験は、後の造形思考に影響を与える。
1975
昭和50年
55歳
吉村益信のアーティストユニオン(AU)結成に参加(1983年退会)。
8月21日、「縫い」の制作を開始。
【展覧会】
11月、「第1回東京展」(東京都美術館)
1976
昭和51年
56歳
Ge展に参加(2002年退会まで継続)。
【展覧会】
11月、「具体美術の18年展」(大阪府民ギャラリー)
【出版】
『とび出しナイフ』刊行
1977
昭和52年
57歳
【展覧会】
4月、「上前智祐展」(信濃橋画廊/大阪)
6月、「第30回芦屋市美術展」(芦屋市民センター)初めて「縫い」の作品を発表。
1979
昭和54年
59歳
【展覧会】
1月、「吉原治良と具体のその後」(兵庫県立近代美術館)

定年退職を経て制作活動に専念(1980–1991|60–71歳)
1980年の退職を機に制作活動に専念。多数の墨画を手がけ、それらを基とした版画制作を開始。
65歳でくも膜下出血、68歳で左目白内障の手術を受ける。

1980
昭和55年
60歳
12月、神戸製鋼所でのクレーン運転士の職を退き、創作活動に専念。
【展覧会】
3月、「アート・ナウ’80」(兵庫県立近代美術館)
1982
昭和57年
62歳
【展覧会】
6月、「上前智祐展-油彩と縫いによる」(大阪府立現代美術センター)
10月、「上前智祐展」(アトリエ西宮/西宮)
12月、「上前智祐展」(サントリー文化財団ギャラリー/大阪)
1983
昭和58年
63歳
【展覧会】
7月、「上前智祐展-墨画と版画による」(大阪府立現代美術センター)
9月、「上前智祐展-平面絵画としての糸・布-」(ギャラリーマロニエ/京都)
10月、「現代美術 具体・AUの6人展」(伊丹市立美術ギャラリー)
1985
昭和60年
65歳
くも膜下出血により手術を受ける。
【展覧会】
4月、「山村コレクション研究会」(国立国際美術館)
9月、「吉原治良と具体・1954–72年展」(芦屋市民センター)
9月、「絵画の嵐-1950年代:アンフォルメル・具体・コブラ」(国立国際美術館)
12月、「具体-行為と絵画展」(スペイン国立現代美術館)翌年、ユーゴスラビア国立現代美術館へ巡回
【出版】
『自画道』刊行
1986
昭和61年
66歳
【展覧会】
1月、「刻をかける繊維-繊維による造形展」(ギャラリークオーレ、不二画廊)
6月、「現代美術 糸・布の断面展」(スパイラルガーデン/東京)
8月、「具体-行為と絵画 スペイン・ユーゴスラビア帰国記念展」(兵庫県立近代美術館)
10月、「上前智祐展」(ギャラリーマロニエ/京都)
1987
昭和62年
67歳
【展覧会】
5月、「第1回ニードルアート展」(於 和歌山県立近代美術館)
1988
昭和63年
68歳
左目の白内障手術を受ける。
【出版】
『現代美術-僕の場合-』刊行
1989
平成元年
69歳
【展覧会】
3月、「幻の山村コレクション展」(兵庫県立近代美術館)
9月、「上前智祐展-1987–89 縫いによる作品」(ギャラリーマロニエ/京都)
1990
平成2年
70歳
【展覧会】
4月、「未完の前衛集団(具体)展」(渋谷区立松涛美術館)
11月、「ペーパーワーク21展」(大阪府立現代美術センター)
12月、「前衛の日本-1950年代の具体グループ-」(ローマ国立近代美術館)
12月、「大阪トリエンナーレ’90」(マイドーム大阪)
1991
平成3年
71歳
【展覧会】
3月、「ソフトスカルプチャー展」(ギャラリー無有、麻布工芸館)
3月、「『具体』-日本の前衛1954–1965」(ダルムシュタット市立マチルデンヘーエ美術館)
6月、「絵画の冒険者たち『具体』展」(福岡市美術館)
8月、「布と糸の芸術 テキスタイルアート展」(アピアホール)
芦屋市立美術博物館の開館に際し、マッチ軸による大作が同館に収蔵される。

画面構成の変化と晩年の制作(1992–2018|72–97歳)
制作手法の多様化が進み、手作業の集積による素材の物質性を重視する作風から、色彩と形態の配置を重視した画面構成へと変化。以後、□(四角)の反復を基調とした作品を精力的に発表。
73歳で白内障、76歳で心臓ペースメーカー挿入の手術を受ける。身体的困難を抱えながらも制作意欲は衰えず、90歳を超えても非具象表現の探究は続いた。
2018年、老衰により永眠。享年97歳。

1992
平成4年
72歳
【展覧会】
2月、「具体美術協会の作家たち展」(宮城県美術館)
4月、「縫いによる上前智祐自選展」(ギャラリー無有、ABCギャラリー)
5月、「日本のダダ 日本の前衛」(デュッセルドルフ市立美術館)
6月、「具体展Ⅰ 1954–1958」(芦屋市立美術博物館)
1993
平成5年
73歳
11月、白内障の手術を受け、その際心臓の異常が見つかるも、多忙を理由に手術を見送る。
【展覧会】
1月、「具体展Ⅱ 1959–1965」(芦屋市立美術博物館)
2月、「芦屋市美術協会会員展」(芦屋市民センター)
3月、「上前智祐・僕の軌跡1950年代より」(ギャラリー無有/京都)
5月、「上前智祐 縫いの立体」(ギャラリー遊/佐賀)
6月、「上前智祐作品展」(ギャラリーナビ・ドウ・パパ/大阪)
6月、「第46回芦屋市展」(芦屋市民センター)
6月、「具体展Ⅲ 1965–1972」(芦屋市立美術博物館)
7月、「戦後美術の挑戦 吉原治良と具体グループ」(愛媛県立美術館)
9月、「KOBE’93 アートフル神戸」(神戸阪急)
10月、「具体1955/56 日本現代美術のリスタート地点」(ベンローズ・インスティテュート)
11月、「上前智祐-縫い-」(ギャラリーサーカス・サーカス/神戸)
1994
平成6年
74歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展-縫い-」(ワコール銀座アートスペース/東京)
3月、「『具体派』小品展」(ギャラリールネサンス/東京)
10月、「上前智祐展」(ギャラリールネサンス/東京)
11月、「大阪市立近代美術館所蔵作品展」(ATCミュージアム/大阪)
1995
平成7年
75歳
1月、阪神・淡路大震災により大阪で予定されていた個展は中止。
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(養清堂画廊/東京)
6月、「上前智祐版画展」(ギャラリールネサンス/東京)
6月、「甦る糸の思考」(ギャラリースペース21/東京)7月、ギャラリー楽・京都へ巡回。
9月、「上前智祐展」(日本画廊/東京)
【出版】
『孤立の道』刊行
1996
平成8年
76歳
7月、心臓疾患により緊急入院し、ペースメーカー挿入手術を受ける。
【展覧会】
3月、「上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
5月、「上前智祐展」(画廊ぶらんしゅ/池田)
6月、「前衛作家の10年-その自己変容と持続」(板橋区立美術館)
8月、「上前智祐版画展」(日本画廊/東京)
9月、「上前智祐展 版画・油彩」(ギャラリーナノ・リウム/山梨)
10月、「上前智祐展」(ギャラリールネサンス/東京)
10月、「上前智祐展」(ギャラリーサーカス・サーカス/神戸)
1997
平成9年
77歳
【展覧会】
5月、「熱き抽象1957–64」(芦屋市立美術博物館)
6月、「土岡秀太郎記念特別企画展・上前智祐展『孤立の道』」(アールギャラリー/武生)
7月、「潜在する形一張と縮」(ギャラリースペース21/東京)
10月、「ザ・コンテンポラリー・ステッチ・ジャパン・スタイル3人展」(モンクレ大学/ニュージャージー)
1998
平成10年
78歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(日本画廊/東京)
6月、「上前智祐の45年」(ギャラリー/クラヌキ・大阪)
7月、「きいろ EXHIBITION」(LADSギャラリー/大阪)
【出版】
『ある人への返書』刊行
1999
平成11年
79歳
4月、第28回ブルーメール賞(美術部門)受賞。
この年、紺綬褒章および兵庫県文化賞を受賞。
【展覧会】
2月、「集合と稠密のコスモロジー 上前智祐展」(大阪府立現代美術センター)
5月、「具体展」(ジュ・ド・ポーム国立ギャラリー/パリ)
5月、「現代美術三都物語1943–1995」(大阪府立現代美術センター)
6月、「空間をみつめる眼展」(新潟市美術館)
6月、「第52回芦屋市展」(芦屋市立美術博物館)に審査員として出品。
7月、「一坪アート展」(ギャラリー・クラヌキ・大阪)
2000
平成12年
80歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
2月、「2000年展-アートへの旅-」(ギャラリー・クラヌキ/大阪)
4月、「神戸っ子賞・兵庫県文化賞・紺綬褒章受賞記念 上前智祐展」(ギャラリーサーカス・サーカス/神戸)
6月、「第53回芦屋市展」(芦屋市立美術博物館)に審査員として出品。
8月、「崇高と労働」(板橋区立美術館)
10月、「上前智祐・新作版画展」(ギャラリー・なうふ/岐阜)
【出版】
『版画作品 2000年4月–8月』刊行
2001
平成13年
81歳
【展覧会】
1月、「上前智祐 1980年代からのシルクスクリーン版画展」(ギャラリー1100/ニューヨーク)
2月、「版画ミニフェスタ2001」(楓ギャラリー/大阪)
3月、「上前智祐 新作版画展」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
5月、「上前智祐 シルクスクリーン版画展」(ウィリアムスパーク アート&ヒストリカルセンター/ニューヨーク)
6月、「伊丹市立工芸センターリニューアル記念企画展 上前智祐80歳作品の不思議」(伊丹市立工芸センター)
7月、「第54回芦屋市展」(芦屋市立美術博物館)に審査員として出品。
8月、「国際丹南アート2001」(武生市民ホール)
10月、兵庫県公館での展覧会に出品。
10月、「上前智祐 新作版画展」(ギャラリー・クラヌキ/大阪)
11月、「版画展」(舞鶴Ge/京都)
2002
平成14年
82歳
【展覧会】
1月、「上前智祐作品展」(LADSギャラリー/大阪)
2月、「上前智祐展-最新版画で魅せます-」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
7月、「上前智祐版画展」(ニューヨーク)
9月、「上前智祐展」(ギャラリーサーカス・サーカス/神戸)
9月、「『老いてますます艶なる画家』上前智祐展」(現代っ子ミュージアム/宮崎)
9月、「上前智祐展」(ギャラリーアコスタージュ/高松)
10月、「上前智祐版画展」(ニューヨーク)
11月、「具体美術協会の作家」(宮城県美術館)
12月、「上前智祐展-新作版画並びにオブジェ」(画廊ぶらんしゅ/池田)
【出版】
『上前智祐 非具象の仕事』刊行
2003
平成15年
83歳
7月、油彩小品の制作中に電動鋸の事故により左手の親指・人差し指・中指を切断。手術により親指のみ再生。
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(不二画廊/大阪)
2月、「上前智祐展」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
3月、「上前智祐展」(タオギャラリー/神戸)
4月、「上前智祐展」(アートサロンロロ/加古川)
6月、「大阪市立近代美術館(仮称)コレクション展 絵画の冒険-今井俊満と戦後美術の歩み」(ATCミュージアム/大阪)
6月、「上前智祐版画展(シルクと銅版画による)」(日本画廊/東京)
7月、「第11回国際丹南アートフェスティバル2003」(武生市民ホール)
8月、「上前智祐展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
9月、「上前智祐油彩小品展」(ぎゃるり・うー/大阪)
10月、「縫いの仕事-stitch of work- 上前智祐展」(さばえ現代美術センター)
10月、「上前智祐展(版画と油彩小品)」(ぎゃらり一由芽/東京)
2004
平成16年
84歳
【展覧会】
1月、「結成50周年記念『具体』回顧展」(兵庫県立美術館)
1月、「CHIYU UEMAE」(2/20ギャラリー/ニューヨーク)
3月、「上前智祐展」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
5月、「上前智祐新作版画展」(ぎゃらり一由芽/東京)
10月、「上前智祐版画展」(さばえ現代美術センター/鯖江)
2005
平成17年
85歳
【展覧会】
1月、「具体3人展:上前・堀尾・松谷」(アートサロンロロ/加古川)
2月、「上前智祐展」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
3月、「上前智祐縫いの作品展」(画廊ぶらんしゅ/池田)
4月、「縫う人-針仕事の豊かな時間」(ボーダレス・アートギャラリーNO-MA/近江八幡)
5月、「上前智祐展」(ギャラリーサーカス・サーカス/神戸)
6月、「上前智祐ふるさと展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
7月、「上前智祐展」(ぎゃらり一由芽/東京)
8月、「上前智祐と具体美術協会」(福岡市美術館)
9月、「上前智祐展-非具象の仕事-」(ギャラリーアコスタージュ/高松)
9月、「芦屋市立美術館収蔵品セレクション」(芦屋市立美術博物館)
【出版】
『「縫い」の作品について』刊行
2006
平成18年
86歳
【展覧会】
3月、「上前智祐展-或る境地-」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
3月、「縫・上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
3月、「上前智祐展」(ぎゃらり一由芽/東京)
7月、「上前智祐の世界展」(海岸通ギャラリーCASO X室/大阪)
7月、「無心○無垢 上前智祐×アオキスミエ」(日本画廊/東京)
10月、「上前智祐展」(ギャラリー島田/神戸)
2007
平成19年
87歳
【展覧会】
1月、「緻密な仕事が織りなす豊かな世界 上前智祐展」(ギャラリー野の苑/宮崎)
2月、「上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
3月、「上前智祐展」(アートスポットギャラリーマーヤ/高槻)
5月、「上前智祐作品展(縫シリーズ)」(アートサロンロロ/加古川)
6月、「上前智祐展」(ぎゃらり一由芽/東京)
6月、「開廊10周年記念上前智祐展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
7月、「小さな画面の大きな世界展」(アダージォ芦屋/芦屋)
11月–2008年1月、「上前智祐版画展」(タオギャラリー/神戸)
12月–2008年1月、「掌中の美展」(アダージォ芦屋/芦屋)
12月–2008年2月、「国立国際美術館開館30周年記念展 30年分のコレクション」(国立国際美術館)
2008
平成20年
88歳
【展覧会】
2月、「上前智祐展 mugen」(日本画廊/東京)
3月、「点と面の詩情-上前智祐・山中嘉一・坪田政彦」(和歌山県立近代美術館)
4月、「上前智祐展『具体から現代』」(LADSギャラリー/大阪)
4月、「上前智祐展」(養清堂画廊/東京)
5月、「-具体美術その後-上前智祐展」(南青山 土火/東京)
6月、「monotone+」(戸村美術/東京)
8月、「上前智祐展-珍しい墨版画の世界」(ギャラリー菊/大阪)
12月、「舞鶴が生んだ現代アートの巨星 上前智祐版画展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
2009
平成21年
89歳
【展覧会】
1月、「上前智祐・三通治子 二人展」(MIギャラリー/大阪)
2月、「上前智祐・試し刷り版画展」(現代っ子センター/宮崎)
4月、「所蔵作品展:徳島のコレクション2009–1」(徳島県立近代美術館)
6月、「上前智祐展:ぬい・縫・ヌイ」(日本画廊/東京)
7月、「具体三人展:上前智祐・元永定正・白髪一雄」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
7月、「『具体』『現代美術』コラボ3人展」(ギャラリーIt’s/大阪)
2010
平成22年
90歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
5月、「上前智祐版画展」(ギャラリー島田/神戸)
5月、「上前智祐展 版画・立体・縫い・油彩」(ギャラリー猫亀屋/大阪)
6月、「『老いてますます艶なる画家 PARTⅡ』上前智祐展」(現代っ子ミュージアム/宮崎、宮崎県立美術館)
7月、「上前智祐版画展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
8月、「画廊コレクションによる上前智祐展」(日本画廊/東京)
【出版】
『思い出 神戸の灘浜にて』刊行
2011
平成23年
91歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展」(LADSギャラリー/大阪)
2月、「4SpiritS展」(楓ギャラリー/大阪)
8月、「上前智祐92歳記念展」(現代っ子ミュージアム/宮崎)
10月、「郷土偉人展」(大宮ふれあい工房/京丹後市)
12月、「上前智祐版画展」(ギャラリー・サンムーン/舞鶴)
2012
平成24年
92歳
【展覧会】
4月、「上前智祐展」(スペース草/豊中)
4月、「軽井沢の風展」(軽井沢ニューアートミュージアム/軽井沢)
5月、「上前智祐展」(ギャラリー猫亀屋/大阪)
6月、「上前智祐展」(ギャラリー勇斎/奈良)
7月、「『具体』-ニッポンの前衛18年の軌跡」(国立新美術館/東京)
7月、「『具体』『現代美術』三人展」(ギャラリーIt’s/大阪)
9月、「上前智祐の世界展」(ギャラリー島田/神戸)
10月、「2nd 4SpiritS展」(楓ギャラリー/大阪)
10月、「Destroy the Picture: Painting the Void 1949–1962」(ロサンゼルス現代美術館)
11月–2013年2月、「卒寿を超えて 上前智祐の自画道」(BBプラザ美術館/神戸)
11月–2013年2月、「Tokyo 1955–1970: A New Avant–Garde」(ニューヨーク近代美術館)
2013
平成25年
93歳
【展覧会】
2月、「Gutai: Splendid Playground」(グッゲンハイム美術館)
2月–2014年1月、「Parallel Views: Italian and Japanese Art from the 1950s, 60s, and 70s」(THE WAREHOUSE/ダラス)
3月、「GUTAI_Chiyu Uemae Special Exhibition」(ホワイトストーン・ギャラリー/東京)
10月、「Chiyu Uemae 上前智祐・最初の始まり・さとかえりてん」(大宮ふれあい工房/京丹後市)
2014
平成26年
94歳
【展覧会】
1月、「上前智祐展 —時を刻む— 点描 • マッチ • 縫い • 版画 」(大阪府立江之子島文化芸術創造センター[enoco])
10月、「具体人 in Karuizawa」(軽井沢ニューアートミュージアム/軽井沢)
10月、「丹後の前衛 ~小牧源太郎・上前智祐展~」(大宮ふれあい工房/京丹後市)
2015
平成27年
95歳
【展覧会】
5月、「CHIYU UEMAE: A Solitary Path」(ホワイトストーン/香港)
2017
平成29年
97歳
【展覧会】
12月–2018年3月、「交わるいと 『あいだ』をひらく術として」(広島市現代美術館)
2018
平成30年
97歳
4月16日、老衰により永眠。享年97歳。

参考文献

  • 「自画道」 上前智祐著 (共同出版社 1985年)
  • 上前智祐 年譜 中塚宏行編 「集合と稠密のコスモロジー上前智祐展」図録所収 (大阪府、財団法人 大阪府文化振興財団 1999年)
  • 上前智祐 年譜 笹木繁男編 「卒寿を超えて『上前智祐の自画道』展」図録所収 (BBプラザ美術館 2012, 2013年)
  • 「上前日記 1947-2010 上前智祐と具体」 中塚宏行編 (一般財団法人 上前智祐記念財団 2019年)
  • 「上前智祐 日本美術年鑑所載物故者記事」 (東京文化財研究所)